東京都内の坂道からの富士山眺望に関する研究

角舘 義一
指導:宇於崎勝也准教授
  都内には富士山眺望に関係して江戸時代から呼称された地名が多く残る。これは地表面にある眺望点から富士山が望め、民衆に周知され、呼称されていたことに由来する。富士見坂もそのひとつであるが、都市の発達とともに都内の富士見坂から富士山眺望が失われ、今ではすべての富士見坂から眺望を得ることはできない。本研究では眺望点である18箇所の富士見坂上部からの過去の眺望や地形的な条件、眺望を得る際に問題となる眺望阻害建築物の立地特性を明らかにし、富士山眺望が失われた要因の類型化を図った。また、富士見坂を例にして建築物の高さの誘導や私権の調整をすることにより広域的な眺望の視点場と視対象の関係性を保全する手法の検討を行った。
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